ちひろこらむの最近のブログ記事
「それから、彼に次のような主のことばがあった。・・・それで、彼は行って、主のことばのとおりにした。」Ⅰ列王記17:2、5a
進む先の定かでない、人の目には不安定に見える状況のとき、神様は私たちを神様の方に向けられることがあります。現在、JCFNは過渡期にあります。人事的な変動、また、北米本部は事務所の移転先を求めています。団体としても、また個人的にも、人の目には不安定に映る状況の中で、ある時期、悶々と考えてしまう日々を過ごしました。その折に、Ⅰ列王記17章のエリヤの話から、神様からの問いかけを受けました。神様はエリヤに数段階に渡って語られました。その語りかけは、人の目には先の見えない不確かなことばかりでした。たった1章の短い話ですが、その行間には、時間をかけた行動があり、人の想像をはるかに超えた神様の約束の成就がありました。神様とエリヤの対話の中にあったものは、エリヤの神様に対する信頼でした。エリヤが信頼して神様の言葉に従った時、必ず、全てのものが満ち足りました。その話を読んだ時に、「あなたは私のことを信頼していますか?」と問いかける神様の声が聞こえたような気がしました。先の確かでない時、悶々と考えてしまっている時、「私は神様を信頼しているだろうか?」と自分自身に問いかけることが必要であることを学びました。ぜひ、引き続き、私の神様への信頼の歩みが守られていくようにお祈りください。また、JCFNの人事、北米本部の移転先に確かな示しとそれに応答する従順さが与えられるようにお祈りください。6月はJCFN日米両主事が集まっての年次主事会(教会で言う総会のようなもの)が行われます。来年20周年を迎えるJCFNの歩みを計画していくに当たり、神様の御心を聞いていくことができるようにもお祈りください。
「ですから、ちょうど、からだが一つでも、それに多くの部分があり、からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。なぜなら、私たちはみな、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです。」Ⅰコリント12:12-13
4月のニュースレターに、私が日本滞在中に出会った「帰国者」(海外経験のあるクリスチャン)たちの話をいくつか書きました。日本で実際に帰国者に会って、改めて、帰国者を理解することと具体的な助けになっていくことの大切さを考えさせられました。このトピックについて大々的に取り上げていたのが、祈っていただいてたANRC10(オール・ネイションズ・リターニーズ・カンファレンス)でした。『One Body, Many Parts~一つのからだ、多くの部分』をテーマに掲げ、帰国者を励ますだけでなく、帰国者を送り出す人、受け入れる人が一つになって、神様の神の国の働きをなしていくことを共に考える時を持ちました。帰国者フォローアップのための参考資料として、実際の帰国者175名に応えてもらったアンケートからの声が発表されました。その中で印象的だったことは、多くの帰国者が帰国後に教会を決める決め手にしていることは、「居場所がある」と思える教会であるかどうかということ。ニュースレターにも「属している」と思うことの重要性や賜物を用いて奉仕できるということを語ってくれた帰国者の話しを書きましたが、もう一度、帰国者が「居場所」を見つけることができるように手伝っていきたいと思わせられました。今思い返せば、私が子どもの頃に教会に行き始め、行き続ける理由となったことは、教会が私にとっての「居場所」でした。同じように、「居場所探し」とも言える帰国者フォローアップをしていきたいです。同時に、どのようにしたら「居場所」と感じることができるのかという質問も浮かび上がっていきます。賜物を用いて奉仕ができる。友達がいる。弟子訓練がうけられる。などなど色々のことがあげられると思います。「居場所」とは何か?そして、居場所作り・探しとは?これからも考えつつ、体験しつつ、帰国者の働きをしていきたいです。
「神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。」Ⅱコリント5:18b-20a
昨年末、JCFNのイクイッパーカンファレンスはお休みでした。同じ日程、JCFNの発祥の地である「アーバナ宣教大会」(ミズーリ州セントルイス)に参加し、日本人集会の取りまとめをしました。
アーバナ宣教大会は、3年に一度開かれる北米大学生と大学生に関わる人たちのためのカンファレンスで、2009年は1万7千人の学生が集まりました。5泊6日のカンファレンスで多くのことが語られ、経験しましたが、中でも最終日の夜の全体集会で聞いた証に圧倒されたのがハイライトでした。証をしてくれたのは、名古屋で神学校校長をしているマイケル・オーさんという韓国系アメリカ人の方でした。彼の祖父は日本が韓国を圧迫していた只中の人。父親には日本名が与えられ、日本製のものを持つことも毛嫌いするような日本嫌いでそのことを息子であるマイケルさんにも伝え続けていたそうです。親から言い聞かせられたことや、大学院時代に調査で日本が近隣国に戦時中にしてきたことを更に詳しく知る中で、日本に対する憎しみが自分のものとなりました。しかし、そのようなマイケルさんに対し、神様が聖書を通して語ったことは、「あなたもわたしの敵だったのではないか?わたしの子を十字架につけたのではないか?あなたはわたしの恵みに値することを何かしたのか?」ということでした。そして、いかに自分を正当化し周りを裁いていたのかということ、神様の前に自分の罪を横において周りを憎んでいたのかということを思わされたそうです。和解は神様の前に自分の罪を認めることから始まることを伝えてくれました。そして、彼はスタジアムに集まった1万7千人の前で、日本語で「愛する兄弟姉妹のみなさん。私を赦して下さい。」と伝えてくれました。そして、キリストが十字架で流された血潮によって、神様と私たち、私たちと周りの国・人々と和解することができるということを伝えてくれました。その証を聞く中で涙が流れてきました。謝るべき日本人の前に赦しを請う姿だけでなく、その背後に、土台にある神様の圧倒的な赦しの大きさにへりくだらされました。
和解の使節として呼ばれている福音を受け取った私たちが、その和解のメッセージを携えていきたいと思いを新たにされました。
(英語ですがメッセージを聞くことができます。)
「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」イザヤ6:8
先日、JCFNのオフィスにワシントン州に住んでいるアメリカ人女性から電話が入りました。「姉妹の義母は日本人で、癌のステージ4で日本人のチャプレンを探している。」ということでした。話を聞いてみると、電話をくれた方はクリスチャンの方で、姉妹さんのお義母さんは、おそらく、クリスチャンではないということ。どんなヘルプができるのかは分からないけど、とりあえず、日本人クリスチャンの方に訪ねてもらいたいと思って、インターネットで調べていたところ、私たちの団体を発見したということでした。姉妹の方に電話をしてみたところ、お義母さんは70歳で、つい数ヶ月前にご主人を癌で亡くし、悲しみから抜け出ていない状況で、今度は自分の病状も悪化し、今は、ケアの受けられる施設に入っているということでした。その施設は私のオフィスのそばで、私には何ができるのかわかりませんでしたが、訪ねてみることにしました。
施設の前で息子さんご夫婦と待ち合わせをし病室を訪ねました。病室に入って、息子さんが私のことを「教会の友達」と紹介してくれましたが、Uさんの最初の反応は首を横に振って、「バイバイ」とかすれた声で言うのみでした。何をしていいのかまったく分かりませんでしたが、とりあえず、あいさつと、何かできることがないか、など、日本語で世間話程度に話しかけてみました。反応はよくわからず、うまく会話を交わすことはできませんでした。しかし、一言二言の日本語の話しかけが刺激になったのか、これまでうまくできていなかった医師との意思疎通ができた様子でした。息子さん夫婦の希望は、続けて、家族のいないときでもいいから、Uさんを訪問してほしいということ。日本語で話しかけて、キリスト教について話したり、聖書を読んで聞かせたり、どんな日本食が好きなのかを聞いたり、一緒にいて手を握ったりということでした。こんな何気ないことも「日本語で」ということが息子さん夫婦にはすることのできないことなのだと思ったら、胸の詰まる思いがしました。施設を去る前に、もう一度ひとりでUさんのベッド脇に行って、彼女のために祈っていいか聞いてみることにしました。「Uさん。ちひろです。Uさんのこと、神様に今祈ってもいいですか?」そしたら、先ほどと打って変わって、今度は、首を大きく立てにふるUさん。「あぁ、神様だ。」「Uさんは私が誰だかわからなくても、神様と直接出会うんだ。」と思わされました。そして、一緒に祈りました。私が声に出して祈っている間、Uさんは首を立てに振り続けていました。まるで、「アーメン、アーメン」と祈りにあいづちをうっているようでした。最後に、「また、来てもいいですか?」と聞いたら、またうなづいてくださいました。
最初の訪問から2日後、施設を訪ねに行きました。しかし、Uさんに再び会うことはできませんでした。訪ねた日の早朝に亡くなったそうです。その後、息子さん宅にお邪魔をし、日本語翻訳のお手伝いさせてもらいました。そして、前回の病室での出来事を伝えると、目に涙を浮かべていました。
今回の経験を通して、いつでも神様の声かけに対して備えておくこと(Available)が必要であると思わされました。一見、自分には何もできないと思えることであったとしても、また、自分には関係のないことだと思ってしまう状況であったとしても、「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」と神様への呼びかけに応える時、神様は喜んでくださるということ、またその喜びを一緒に味あわせていただけるということを学びました。ぜひ、いつも、神様の前に「Available」でいることができるようにお祈りください。
「『主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。』のです。しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。」ローマ10:13-14
収穫の秋がやってきます。聖書には収穫の時がいつだと書いてあるでしょうか。イエス様はこのように言っています。「あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある。』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。」(ヨハネ4:35)「秋になるまで待とう!」というのでなく、今がまさしく収穫の時なのです。
まさしく、その「収穫の時」について教えられた出来事がありました。これまで数ヶ月間サーフィンスクールやゴスペルクワイアで仲良くなったTちゃんが、つい先日、イエス様を救い主として受け入れクリスチャンになりました。彼女と「お茶をしよう!」と約束して、ある金曜日のゴスペル練習後、我が家で一緒に麦茶を飲みながらゆっくり話すことになりました。少しの雑談の後、すぐに彼女から本題へ。そして彼女が言う事に、「私はクリスチャンだと思う。」・・・だそう。そして続けて、「私の神様はイエスキリストなの。」と言うTちゃん。私ははっきり言って驚いてしまいました。私が福音を伝えたのは、前に、立ち話で話した「どうやってクリスチャンになるのか」を含め、それが2回目でした。それから、聖書を開き、天地創造、罪がどのように入ったのか、私たちは救われなくてはいけない存在、イエス様の十字架の死と復活・・・と福音を伝えました。そして、その後にTちゃんの口からでてきたことは、「パッションの映画で見た十字架を思い出した。私はなんてひどいことをしてしまったんだろう・・・。」またまた唖然。その晩、「罪」について明確になったTちゃん。共に祈り、イエス様を救い主として受け入れる決心をしました。
これまでに、こんなに福音がすんなり伝わったことはありませんでした。驚くと共に、神様がすでにTちゃんの心を耕してくださり、蒔かれた種を成長させてくださったのが分かりました。日本で数年間ゴスペルに関わり、アメリカでもまたゴスペルを歌う機会があり、私が一緒に麦茶を飲んだ時にはすでに収穫の時だったのです。福音をきちんと伝え、決心できるように語っていくことは、すでに救われた者の責任であることを改めて思わされました。引き続き、大胆に福音の種を蒔き続け、刈り取りに関わらせていけるようにお祈りください。また、これからのTちゃんのイエス様の弟子としての歩みのためにお祈りください。
「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」ピリピ2:13
8月のニュースレターに、WITリーダーシップキャンプで再確認した使命について書きました。そのことについてもう少し詳しく、ここでは書きたいと思います。「この傷ついた世界にあって、あなたがそれを見るとき、触れるとき、近づくときに、『我慢できない!』と感じさせるもの」のことを「聖なるモヤモヤ」、「Holy Discontent」と言います。聖書の例で言うならば、モーセがエジプトで奴隷として苦しんでいるイスラエル人を見たときにいても立ってもいられない思いになったあの感覚です。また、ポパイが愛するオリーブがつらい思いをしている時に、「I can't stand no more」と言った感覚です。
思い起こせば中学生の時に、私も教会生活の中でこの感覚を得、傷ついた人に関わるべくカウンセリングを学ぶようになりました。神様は私たちのそのままを愛し、私たちと関係を持つことを喜びとしています。また、それぞれに賜物、能力、技術などを与えて、神様の働きに召し出してくださっています。しかし、その真理を見えなくさせてしまうことがあります。例えば、子どもの頃の親子関係の結果、天のお父さんとの親子関係がギクシャクしてしまう・・・とか、神様が自分のことをどう思っているのかではなく、自分の基準で自分のことを評価し、自己卑下したり、自信をなくしてしまったり、本当に神様が与えてくださっている賜物などを正しい形で用いることができていない・・・とかがあるでしょう。そのように、神様が本当に意図しているところから離れてしまっている人たちに対して、「あぁ。神様はそんな風に思ってないのに!!」という「モヤモヤ」が生じます。その「聖なるモヤモヤ」に応答して、神様が私に与えてくださったものを用いて日々の人間関係を築いていきたいと思っています。
みなさんはどうですか?いっても立ってもいられない思いや、ある状況を見て「私がやらなくて誰がやるんだ!?」という感覚になったことがあるでしょうか?そんな時、神様があなたのことを突っついているのかもしれません。とうぞ、神様の呼びかけに耳を傾けてみてください。
「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」ローマ10:15
5月末にカリフォルニア州アズサ(ロングビーチから北東に55km)にある大学を会場に行われた、ACMIという留学生伝道をしている人たちの訓練のためのカンファレンスに参加してきました。アメリカ中にいる留学生伝道に関わっている人、興味を持っている人たちが真剣に学ぼうと集まってきていました。
全体の学びの中心は、どのようにFacebookなどのオンラインソーシャルネットワークを伝道に役立てていくのかということでした。集まっていた人の中には、大学生で同年代の留学生に届きたいと思っている人から、引退宣教師でアメリカに戻ってからも留学生に重荷を持っている高齢の方まで幅広かったのですが、大半は後者の類に該当する方々でした。新しい言語ともいえるインターネット上のことを学び、今の若い世代に届こうと真剣に学んでいたのでした。
また、JCFNでは、そのカンファレンスの中で、一コマ、日本人伝道に関するセミナーを担当しました。「Understanding Young Japanese Minds and Hearts(日本人若者の考えと心を理解する)」というタイトルで、日本人留学生たちがどのような背景で育ってきて、どのような文化を持っているのか、普段日本人に関わっている人たちが学びたいと思いセミナーに参加していました。
また、休み時間には、JCFNのブーステーブルを出し、2ヶ国語の聖書研究テキスト販売や、ネットワークのために立っていました。そうすると、日本人に届くためにはどうしたらいいのかなどの質問をしてくる人たちが多くいました。中でも印象的だったのは、日本が好きで、自分なりに日本にいる日本人とインターネット上で友達になり、ペンフレンドになっている白人の大学生でした。そのような友達に、イエスさまのことを伝えたいと真剣でした。その真剣さに頭が下がる思いがしました。また同時に、日本人がそんなに行かないようなところで、神さまは現地の人たちに思いを与えてくださり、日本人に届いてくださっているのだと改めて思いました。アメリカ各地での働き人のことを覚えてお祈りください。
「では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。」ローマ10:8-9
4月末に日本からアメリカに戻ってきて、一番最初に感じたのは、「浦島花子(太郎)感覚」でした。2ヵ月半アメリカを留守にしていたもので、実は、英語も少したじたじでした。
留守の間、ロングビーチの地で何が展開されていたのかに追いつく間もなく、毎週金曜日に参加しているゴスペルクワイアの練習に行きました。このゴスペルクワイアは新しい友達と出会う場として行い、そこでできた友達にイエスさまのことを個人的に紹介していくためのきっかけ作りの場です。
2月に日本に発つ前には割りと人数が少なめだったのですが、日本語でのインターネット掲示板に情報を掲載してみたところ、思わぬ反響を得、5月に私が復帰したときには、倍位の人数に膨れ上がっていました。ゴスペルをリードしてくれているレイさんもとても張り切っている様子でした。練習そのものもすごく楽しく、練習の合間にあるコーヒーブレイクの時も、会話に花が咲くほどでした。
そのゴスペルのコンサート本番が5月半ばにやってきました。アメリカ人の教会を借りて、レイさんのバンドやコーラスの人も加わってくれ、のどがかれるほど楽しい時間でした。
クワイアにいる人の大半はまだイエスさまのことを個人的に知りません。でも、その口で「Jesus is mine!(イエスさまは私のもの!)」と大きな声で告白しているのです。この告白には絶対に力があると信じています。霊の部分で触れられているはずです。
それぞれが「心で神を信じる」ことができ、告白が本物の告白になる日が一日も早く来るように祈ります。どうぞ、クワイアのメンバーとの関係が更に深くなり、個人的に分かち合っていけるように祈ってください!!
★ロングビーチでゴスペルを指導してくれているレイ・シドニーが6月に日本でワークショップとコンサートをします。興味がある方は、ぜひ訪ねてみてください。または、お友達を連れて行ってみてください。詳細はこちらから。→→ http://hgfjapan.com/
調布教会の皆様。
新年明けましておめでとうございます。1月の月報への記事が間に合わなかったので、「ちひろこらむ号外」として、新年の挨拶と、お祈りいただいていたイクイッパーカンファレンス2008のご報告をさせていただきたいと思います。
テーマ:「peace x piece 平和を作り出すものへ」
「義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます。」ヤコブの手紙3:18
海外でキリストに出会った日本人クリスチャンを帰国前に励まし整える (equip: エペソ4:12) ことを目的とするイクイッパーカンファレンスは、今回で9回目を迎えました。これまでと同様、神様は多くの祝福を与えてくださいました。アメリカ、日本、カナダ、オーストラリア、中国、イタリアから総勢約350名(部分参加者も含む)の参加者が与えられました。その内、60名が日本からの参加でした。参加者の3分の1ほどが初めての参加者でした。また、2008年に救われ、生まれたてのクリスチャンとして修養会に参加していた人が多かったのも、今年の参加者の特徴でした。
講師として、日本から横山幹雄師(内灘聖書教会)、ヤマシタヒロコ師(中央アジア)、そして、イタリアから内村伸之師(ミラノ賛美教会)をお招きしました。横山師による聖書講解とスモールグループでのインダクティブバイブルスタディを通して、ヤコブ書全体を学びました。若いクリスチャン達がさらに御言葉に近づき、聖書の読み方を学ぶ機会になりました。各講師が共通して取り次いでくださったことは、キリストの十字架を通しての愛、悔い改め、キリストに似たものに変えられること、そして、その過程を通る中で、今回のテーマであった「平和を作り出すものへ」と変えられていくことでした。それぞれ、語られたことや示されたことは違いますが、具体的な一歩を踏む決意と共にec 08から遣わされていきました。ぜひ、それぞれのこれからの歩みのためにお祈りください。
今回は、「平和」をテーマの中に組み込んだこともあり、宣教についても目を向ける機会になりました。ミッションブースを設け、宣教の機会の紹介を行いました。また、新年カウントダウンを日本と中継で結び、ヨーロッパやシンガポールにいる日本人ミニストリーからのビデオを流すことで、神様が広げてくださっている日本人の働きを見、祈り合う機会を持ちました。神様の更に大きな働きに参加者たちが出て行くことができるようにと期待します。
参加者の声を少しご紹介します。
「日本へ帰るための心の準備をすることができた。」
「家族への伝道を始めようと決心した。」
「今まで隠れクリスチャンみたいだったけど、これからは、自分を見てクリスチャンっていいなって思われる人になりたい。」
「自分で選んでつくっていた自分と日本との壁を壊し、乗り越えることができた。」
「福音を伝えることの大切さをすごく実感させられた。また、神様のこれ以上ない熱い大きな愛を感じることができた。クリスチャンの兄弟姉妹も同じように悩んでいたりしてすごく励まされた。」
修養会が終わってから、1週間程がたちました。現在、事後処理を進めているところです。その間、方々で修養会を通して受けた恵みやチャレンジを耳にし、神様の偉大さを賛美しているところです。個人的には、この経験を通して、リーダーシップをとる者として、祈りを導く者として、そして執り成す者としての訓練の機会だったと感じていますが、まだまだ静まって思い巡らすことが必要であると感じています。
2009年が幕開けしました。大きなプロジェクトを任された、JCFN主事としての最初の任期である2年間が終わろうとしています。デボーションの中でここ数日、目に留まっているところがあります。「神の賜物と召命とは変わることがありません。」(ローマ11:29)1つの節目を通り、次の季節へ入ろうとしている今、神様から与えられている賜物と召命と再び明らかにしていただきたいと思っています。ぜひ、お祈りに覚えてください。
12月のニュースレターにも書きましたが、2月の半ばから4月まで、3月中旬に開催される「オールネーションズ・リターニーズ・カンファレンス」(www.allnations.jp)の手伝いのために一時帰国する予定でいます。もう間もなく皆さんにお会いできることを楽しみにしています。
いつも、お祈りとお支えありがとうございます。新しい1年もどうぞよろしくお願いします。皆さんの上に溢れんばかりの祝福がありますようにお祈りしています。
P. S. イクイッパーカンファレンスのハイライトビデオをオンラインで見ることが出来ますので、ぜひご覧ください。
In Peace,
中村千尋
「義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます。」ヤコブ3:18
ここ数ヶ月間、私が実行委員長を務めているイクイッパーカンファレンス2008のことをよくニュースレターに書かせていただきましたが、いよいよ、この修養会が今月の終わりに迫ってきています。昨年も同修養会の同じ役割を担わせていただきました。2年目と言えど、その準備と役割に「慣れた」というわけではないということを実感します。ただ、2年目としてやりやすいなぁと感じることのひとつは、企画をすすめている実行委員の多くが昨年から引き続いているということです。アメリカ各地、また日本に散りばめられているボランティアの実行委員と遠隔地で準備を進めているわけですが、1年以上、時間をかけて築き上げられてきた信頼関係があってこその神様の働きだなぁと気づかされています。
今年、テーマとして神様が私に与えてくださったことは、「peace x piece 平和を作り出すものへ」ということです。あえて日本国外に送り出され、神様と「平和の関係」に入れられた人たちが、その手に入れられた義の実を結ばせることのできる種によって、平和を作り出すものへと変えられることが、神様の望まれるところです。ひとりひとりは、小さなpiece・・・かけらのようなものかもしれません。しかし、神さまが期待されるのはその小さな私たちを通して(peace by piece)、全世界に平和をもたらす(peace x piece)ことができると神様がおっしゃっています。そのことを参加者たちに学んでほしいと願っています。彼らが世界にインパクトを与えることが出来ることは間違えないと思っています。
ぜひこの12月、イクイッパーカンファレンスを覚えて祈ってください。修養会が神様の栄光を現すものになりますように。参加者たちが神様の届けたいメッセージとチャレンジを受けて帰るように。準備の一つ一つが守られるように。参加費や渡航費に必要なものが満たされて、それをサポートするための奨学金が満たされるように。皆さんの祈りが力です!!
